もし、その時、受診していたら、検診というものがあったら、何かしらの病名があったと思います。
精神的に極限でした。
顕微授精をし、結婚10年目でやっと授かったにもかかわらず、稽留流産。
入社して15年を迎えるころでしたが、初めて流産がきっかけで心が悲鳴を上げて、長い有給休暇を取りました
手術後、服用した薬の副反応もあり、壮絶な日々でした。
目に見えるみんなが幸せそうに見えて、
自分が不幸に感じてしまって、
知らない人とも誰とも会いたくなかった日々でした。
決して揺らぐことはないと思っていた授かるためのモチベーションは消え失せ、
もう、治療はすべてやめてしまおう、子供のいない生活でもそれでもいいのではないかと、自分の気持ちがわからなくなっていました。
心拍が確認され、心躍らせ市役所へ行き、ピッカピカの母子手帳を手にしたのちの流産。
12週より前であれば、火葬にならない命、形を見ることのできなかった命です。
そこに命があったのに、一瞬で何もなくなり、もやもやとしていたのです。
ある時、ふと、お経をとなえてあげて、天国へ送ってあげたらいい…ってそう感じました
スマホから耳なじみのあるお経を何度も流し、目を閉じ、形の見えない何かに向き合いました。
やっと次へ進むことができました。
私には、いまでも仏壇に手を合わしたり、お経を聞くと、
6年以上前の心拍が見えたあの時のエコー画像が脳裏に浮かびます。
その時、乗り越えられたからこそ、何度でも脳裏に浮かべ、思い出すことができるのだと感じています。